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毎日新聞: 警察官とサムライ気質…コラム「余録」にラフカディオ・ハーン登場

『毎日新聞』のコラム「余録」にラフカディオ・ハーン(小泉八雲)が登場。

余録:「交番の交代時の夜寒かな」。正岡子規の句である。 – 毎日新聞

1892(明治25)年に小泉八雲(こいずみ・やくも)(L・ハーン)は日本の警官の大半がサムライ階級の出身だと述べ、こう記した。「自分は世界で一番完全な警官だと考えてよろしいと思う。が、あのすばらしく立派な性質を一代経(た)った後、保持して居るであろうか」……その後何代かを経てみれば、八雲の心配は杞憂(きゆう)だったのだろう。子規がたたえたお巡りさんの清廉への信頼はおおむね今日まで日本の社会に引き継がれた。なのに、である。

正岡子規が俳句に詠み、ラフカディオ・ハーン(小泉八雲)が作品「伯耆から隠岐へ(From Hoki to Oki)」(『知られぬ日本の面影(Glimpses of Unfamiliar Japan)』)に書いた明治期の警察官の姿を引きつつ、話題は昨今の警察官の不祥事へ。そして、

八雲が次代への継承が難しいと考えたのは「サムライ気質」、士たる者の自尊だった。それにみごと取って代わった警察官の誇りが試される信頼回復策だ。

とコラムは結ばれています。
 

120年前の夏、ハーンとセツは隠岐を訪問中

隠岐郡海士町を中心に、ラフカディオ・ハーン(小泉八雲)の隠岐来島120周年を記念するツアー、シンポジウム、展覧会が実施されたのは去る5月でしたが、ハーンとセツ夫人が隠岐に滞在したのは、1892(明治25)年の8月9日から24日にかけてのことでした。つまり、120年前のちょうど今が、隠岐来島120年のまさにそのときなのです。

松江から熊本の第五高等中学校(現在の熊本大学)に転任してから初めての夏休み、すでに7月から博多、神戸、京都、奈良をめぐる大旅行に出ていたハーンとセツは、8月9日に海路美保関(現在の島根県松江市美保関町)に到着。隠岐丸に乗船して翌10日、隠岐に上陸しました。

隠岐には4つの大きな有人島があり、東側にある最大の島を中心とする諸島を島後(どうご。現在の隠岐郡隠岐の島町)、西ノ島(同西ノ島町)・中ノ島(同海士町)・知夫里島(同知夫村)を中心とする西側の諸島を島前(どうぜん)といいます。平川祐弘監修『小泉八雲辞典』(恒文社、2000年)の「隠岐旅行」の項(銭本健二)によると、隠岐に旅程は以下のようなものでした。

  • 8月10日 知夫里(隠岐郡知夫村)—浦郷(同西ノ島町)—菱浦(同海士町)—西郷(同隠岐の島町)滞在
  • 8月17日 津井の池、玉若酢神社(同隠岐の島町)訪問
  • 8月19日 菱浦滞在
  • 8月20日 海士村(同海士町)に後鳥羽帝の御陵(火葬塚。のちに同地に隠岐神社が創建される)を訪問
  • 8月22日 別府村(同西ノ島町)に後醍醐帝の黒木御所を訪問、浦郷に滞在
  • 8月24日 浦郷より隠岐丸で境港(鳥取県境港市)へ
  • 8月25日 美保関に滞在

※カッコ内は本記事の筆者による補足。市町村名は現在のもの

ハーンは隠岐の4つの有人島すべてをひと通り訪れたのち、西ノ島と中ノ島には再び上陸して島内を巡っています。隠岐旅行中、ハーンは、B. H. チェンバレンとともに『日本旅行案内(A Handbook for Travellers in Japan)』という英文の旅行ガイドブックを編集していたW. B. メイソンに詳細な報告を送り、その成果は同書の第4版(1894年)で、隠岐諸島の記事の参考とされました。ハーン自身も日本での第一作『知られぬ日本の面影(日本瞥見記/Glimpses of Unfamiliar Japan)』(1894年)に、「伯耆から隠岐へ(From Hoki to Oki)」という1章を収めました。

「伯耆から隠岐へ」は、以下の本で読むことができます。書店、図書館等で入手しやすいと思われるものを中心にご紹介します。

【日本語訳】小泉八雲著、平川祐弘編『明治日本の面影』(小泉八雲名作選集)講談社学術文庫

文庫版。「伯耆から隠岐へ」は銭本健二訳。
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【日本語訳】小泉八雲作、平井呈一訳『日本瞥見記 下』恒文社

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【英文】Lafcadio Hearn, Glimpses of Unfamiliar Japan, Tuttle Publishing.

ペーパーバック版。
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【英文】Lafcadio Hearn, Glimpses of Unfamiliar Japan Second Series (Kindle Edition)

米国amazonの電子書籍リーダーKindle向けの電子書籍。Kindle向けの電子書籍は、専用の閲覧ソフトをインストールしたパソコン(Windows PC、Mac)やスマートフォン、タブレット端末でも閲覧可能。
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【英文】Lafcadio Hearn, Glimpses of Unfamiliar Japan (iBookstore)

iPhone、iPadなどのiOS対応のスマートフォン、タブレット端末で閲覧可能。
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【英文】A Guidebook for Travellers in the Province of the Gods—from Hearn’s writings— (revised and enlarged), The Hearn Society.

(銭本健二監修、井田徹/島根大学教育学部英語教育研究室英文学セミナー編『神々の国の旅案内—へるんとともに(増補改訂)』英語版、八雲会)
“From Hoki to Oki”より、”Sakaiminato” “Saigō” “Nishinoshima” “Hishiura and Ama”と題して抜粋。
八雲会ホームページ

なお、Facebookページには、5月の隠岐来島120周年記念イベントの写真をアップロードしてあります。あわせてお楽しみください。

小泉八雲隠岐来島120周年記念事業「小泉八雲のオープン・マインドと海士スピリッツ」
ラフカディオ・ハーンとギリシャ:原風景と受け継がれる精神性

小泉八雲隠岐来島120周年記念事業、いよいよ開幕

1892(明治25)年、ラフカディオ・ハーン(小泉八雲)は、松江から熊本に転勤してから初めての夏休みを、セツ夫人を伴う西日本各地への旅行に費やし、8月には島根県の隠岐諸島を訪れました。その旅に取材した作品が、著書『知られぬ日本の面影(日本瞥見記/Glimpses of Unfamiliar Japan)』に「伯耆から隠岐へ(From Hoki to Oki)」と題して収められています。

八雲が隠岐の旅でとりわけ気に入った中ノ島(隠岐郡海士〈あま〉町)を中心に、八雲の来島120年を記念する行事が、いよいよ24日(木)に幕を開けます。その催しの見どころをご紹介するとともに、今回ご来場いただけない方にも今後役立つ(かも知れない)オマケ情報をお届けします。

先頭を切るのは「八雲の軌跡をたどる・隠岐3島、2泊3日の旅」(申込は締め切られました)。「伯耆から隠岐へ」と同じく伯耆の国・境港(鳥取県境港市)を 24日(木)に出港して、西郷(隠岐郡隠岐の島町)、中ノ島(同海士町)、西ノ島(同西ノ島町)を海路で巡り、 七類港(松江市美保関町)へと帰ります。 海士町ではシンポジウムと交流会「小泉八雲のオープン・マインドと海士スピリッツ」(後述)にも参加します。

25日(金)の夕刻は、海士町でのシンポジウムと交流会「小泉八雲のオープン・マインドと海士スピリッツ」。地元に伝わる踊りの名前からキンニャモニャセンターと名付けられた会場は、菱浦港のフェリーターミナルを兼ねた施設です。近くには、八雲とセツの宿となった岡崎旅館跡の広場があり、“鏡ヶ浦”の名でも知られる菱浦の穏やかな入江を眺める夫妻の銅像がたたずんでいます。シンポジウムは「ハーンの愛した海辺の町のホスピタリティ」をテーマに、地元海士町のほか、美保関(島根県松江市)、八橋(やばせ/鳥取県東伯郡琴浦町)、三角(熊本県宇城市)、焼津(静岡県焼津市)、 サン・ピエール(マルティニーク)からパネリストを迎え、島と海を愛したハーンの精神に迫ります。また、2010年に小泉八雲来日120年を記念して松江で開催された「ハーンの神在月」、2011年熊本における来熊120年記念イベントに続き、全国各地の小泉八雲関係団体のみなさんが集まる機会にもなりそうです。

25日(金)からは同じくキンニャモニャセンターで、「ラフカディオ・ハーンとギリシャ:原風景と受け継がれる精神性」展が始まります(会期末は明らかではありませんが、少なくとも約1か月間は開催される模様です)。同展は、松江の小泉八雲記念館で2009年に開催された企画展の巡回展です。先年、八雲曾孫の小泉凡さん夫妻が、ハーンの生誕地であるギリシャのレフカダ島と、ハーンの母ローザ・カシマチの生誕地キシラ島を訪れた際の写真のパネルと解説を中心に、ギリシャ出身のアート・コーディネイター、タキス・エフスタシウ氏が松江市と海士町に寄贈したギリシャの美術・工芸品が展示されます。

本土から隠岐へフェリーで渡るには、七類港または境港を利用することになります。七類港のある松江市美保関町には、やはり八雲の愛した美保関という港町・門前町もあります。また、七類港からはJR松江駅との間に直行バスが運行されていますので、八雲が1年余を過ごした“神々の国の首都”へ立ち寄るにも便利です。松江の小泉八雲記念館の企画展「『知られぬ日本の面影』への旅:高嶋敏展写真展」も、ぜひこの機会にご覧ください。同展で隠岐を取り上げるのは10月に始まる後期展ですが、現在開催中の前期展では、“神々の国の首都”松江・出雲をクローズアップしていますので、松江での寄り道先には欠かせません。

そして境港といえば、今や山陰を代表する観光地のひとつになった、妖怪ブロンズ像の立ち並ぶ水木しげるロード。駅前の古い商店街が妖怪たちと手に手をとって活気づく不思議な街です。

来島120年、小泉八雲の足跡を訪ねる隠岐の旅と寄り道を楽しむ機会にしてみて下さい。

2012年は小泉八雲隠岐来島120年、あけましておめでとうございます

新年あけましておめでとうございます。

昨年の年頭のご挨拶にひきつづき、今年も120年前の話題で新年最初のブログを始めましょう。1892(明治25)年、小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)は松江から転勤間もない熊本の地で、来日後2度目の春を迎えました。松江で出会った士族の娘・小泉セツと、セツの養家であった稲垣家の人々を家族に得て、八雲は今までないにぎやかな正月をことほいだのではないでしょうか。熊本にお住まいの方は、そんな想像をめぐらしながら、八雲が当時暮らした小泉八雲熊本旧居(熊本市安政町)を訪れるのも楽しいかと思います(なお、小泉八雲熊本旧居は例年1月3日まで年末年始の休館日です)。

八雲とセツは同年夏、博多、神戸、京都、奈良、そして島根県の美保関と隠岐諸島をめぐる長い旅に出ます。特に隠岐への旅行は、八雲の日本での第一作『知られぬ日本の面影(Glimpses of Unfamiliar Japan)』に収録されている「伯耆から隠岐へ(From Hoki to Oki)」として作品化されました。1992(平成4)年に当時の駐日アイルランド大使を迎えて八雲の来島100年を盛大に祝った隠岐郡海士町では今年、来島120年を記念する事業の実施が計画されつつあります。詳細が明らかになりましたら、八雲会のホームページでもご案内します。

2012年も八雲会をよろしくお願い申し上げます。


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