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へるん 第42号 ラフカディオ・ハーン没後100年

八雲会(編)

内容

表紙:郵便切手になった小泉八雲(平成16年11月4日発行、日本郵政公社)
口絵:ハーン100年祭—松江国際シンポジウム—

Ⅰ 〈特集〉ラフカディオ・ハーン没後100年—〈2004年〉記念の年を迎えて—

ハーン100年祭にあたって  松浦正敬
ハーン松江国際シンポジウムの成果と課題  伊藤亮輔
ハーン連続国際シンポジウムの意味  平川祐弘
東洋と西洋、芸術と科学—ハーンとチェンバレンの日本解釈—  池野誠
実践報告「子ども塾—スーパーヘルンさん講座—」  小泉凡
「小泉八雲没後百年記念国際シンポジウム」に参加して  關田かをる
「ハーン100年祭・松江国際シンポジウム」の記録
雑誌ohio magazineのなかのラフカディオ・ハーン—スティーブ・ケム記者の「国際シンポ探訪記」—
ハーン没後100年八雲会総会記念講演 小泉八雲におけるポエジー  入沢康夫
詩人随伴記—銭本前会長の思い出に重ねて  田村のり子
八雲没後100年記念北陸・北海道交流の旅—富山・新潟・北海道をゆく—  日野雅之
記念講演「銭本健二とハーンの旅」  風呂鞏

Ⅱ ヘルンの文学

「十六桜」と正岡子規の句  牧野陽子
ハーンとYe Giglampz出版体験  里見繁美
「蓬莱」にみる晩年のハーン  澤田あゆみ
「おしどり」考—男を諫める女を巡って—  冨塚博之
ハーンを介在としたゴーティエから芥川への流れ  松村恒
ラフカディオ・ハーンの小説の中の「責任感」  森新子
ハーンのローマ字使用とその効果を考える  小島勇
女中シリリアと娘の人物像 そして、その娘からハーン宛の手紙について・Ⅰ  西野影四郎

Ⅲ 随想ハーン

『日本—一つの試論』—ハーンは軍部の暴走を予言したか  横山孝一
ハーンの金銭に対する無頓着さ—焼津でのエピソードを中心に—  栗原勝
旅路の果てに—ラフカディオ・ハーンから小泉八雲へ—  右近克枝
La Cuisine Créole ラフカディオ・ハーンのクレオール料理本  松村有美
ハーン・クレオール料理法(2)〈La Cuisine Créoleから〉  松村有美
第八回八雲忌俳句会  日野雅之
短歌 嵩山  秀川尚子

Ⅳ ヘルンゆかりの地・ゆかりの人々

ヘルンの同僚教師たち(一)  内田融
ハーンの「オールド・ダッド」ヘンリー・ワトキン  田中欣二
ハーンの蔵書が「ヘルン文庫」になるまで  高成玲子
ハーン家の由来について  小村志保
ハーンの祖母の実家ホームズ家について  瀬尾登喜子
雨森信成の軌跡—キリスト教入信と活動からの離脱—  熊取正光
ハーンと博多・万行寺  石飛貞典

Ⅴ 未刊行資料・埋もれた資料(十八)

「小泉八雲宛E. P. Hughes書簡」紹介  丹沢栄一
野口米次郎『ラフカディオ・ハーン夫人との対話』 中田賢次
フランス留学—承前  中田賢次5
ハーンが横浜で訪れた寺社—福島大地さんの研究に寄せて—  松村恒
再生譚「力ばか」類考  前田禮子

Ⅵ 講演・研究会の報告

日本英文学会・中国四国支部第五十七回大会について  風呂鞏
へるん短信  小泉凡

《書評》

高木大幹『ハーンの面影』  風呂鞏
マリリン・ゲイル・ハイランド『霊/鬼、夢及び芸術の神性—主要三主題の広がり日本時代のラフカディオ・ハーンの研究』   松村恒
『小泉八雲と松江時代』を上梓して  池野誠

《へるん雑話》

「江ノ島巡礼」中に用いられた史料/八雲とイサム・ノグチ/八雲と白秋の伝承童謡研究  松村恒

『へるん』総目次(第30号〜第41号、別冊(94)、特別号(05))
執筆者別号数索引(30号〜41号、別冊(94)、特別号(05))

〈小泉八雲記念館〉再発見 逸品シリーズ(7)  小泉凡
事務局だより  白築和夫
編集後記


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