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へるん 第37号 生誕150年記念

八雲会(編)

内容

表紙:小泉一雄作「Lafcadio Hearn」(小泉八雲記念館所蔵)
口絵:ハーンの記事「メンフィスからニューオーリンズへ—ミシシッピ川下流印象記」が掲載された1877年11月23日発行の「シンシナティ・コマーシャル」紙

特別寄稿

ハーン家と海、アビシニア号について  小泉時

Ⅰ ヘルンの文学

宗教的寛容の叫び—ハーンとケーベルのことなど—  仙北谷晃一
ハーンとイェイツ  田中清
「おしどり」を読む  冨塚博之
『和解』の問題点—二つの読解はいかに可能か  横山孝一
『日本瞥見記』におけるハーンの海  小梨有美
ハーンの死生観  吉野貴好
ハーンの日本人批判—知識人の特性をめぐって  谷村忠樹
「禅問答」  前田禮子
冥界からの帰還  清水澄子
Glimpses of Unfamiliar Novels of Hearn  今西正人
教師ヘルン(二)  西野影四郎
ハーンと幻想文学(三)—フランケンシュタインについて—  高木大幹
八雲と秋成(四)—再び「約束」を読んで—  椎名駿輔
ラフカディオ・ハーン点描(七)—新解釈への道「『雪女』のふる里」  中田賢次
“五十路から眺めた”ヘルンさん(一)—マルコム・カウリーのハーン論—  村松真吾
Prejudice  Rodger S. Williamson

Ⅱ ラフカディオ・ハーン生誕一五〇年記念

楽しきかな、ハーンと共に歩む人生  風呂鞏
ハーンのアイルランド性を求めて  桝井幹生
ハーンとの出会い  谷毅夫
ハーンとの出会い  椎名駿輔
ハーン研究余滴  冨塚博之
ハーン関連古書籍の稀覯本  佐藤幸雄
出雲の神様とハーン  角田洋三
八雲の風景印  井原皓
小泉八雲と『長崎の鐘』  三原弘
怪談 その今日的意義—小泉八雲生誕百五十年によせて—  竹内清五
八雲の自筆和歌を捜して  森新子
短歌 ハーン生誕百五十年を祝して  秀川尚子
My Study of Hearn  Rodger S. Williamson
『八雲会の歩み』(一九九二年・八雲会編)より—往時を振り返って  和田正則

Ⅲ ヘルンゆかりの地・ゆかりの人

シンシナティにハーンを偲ぶ  風呂鞏
富山ヘルン文庫の意義 松村恒
ハーンをめぐって—西田幾多郎と田部隆次—  大東俊一
志賀直哉におけるハーン文学の受容  郭南燕
ハーンが学生たちに望んだもの—東大での講義録から—  栗原勝
新潟における雨森信成 熊取正光
ハーンとフィンランド(二)  長谷川洋二
近代作家とラフカディオ・ハーン(七)萩原朔太郎(中)  石原亨
八雲と焼津海岸—北新田の床屋(進陽軒)のこと—  岩崎志濃
八雲忌俳句会  日野雅之
追悼 ショーン・G・ローナン大使の思い出  小泉凡
故ショーン・ローナン大使と八雲会  銭本健二

Ⅳ 未刊行資料・埋もれた資料(十三)

「ハーンの新発見書簡について」  渡辺保幸
Lafcadio HearnのTimes-Democrat紙における翻訳記事をめぐって  横山純子
The Times-Democrat紙記載のハーン訳と思われる記事(一)  横山純子
怪談・奇談の「バレット文庫」草稿二種  中田賢次
単行本未収録の新聞寄稿記事(Ⅱ)  銭本健二

Ⅴ 講演・研究会の報告

日本英文学会・中国四国支部第52回大会について  風呂鞏
「へるん短信」  小泉凡

《書評》

梅本順子『浦島コンプレックス』 松村恒
ヘルン四題  銭本健二

《新刊紹介》

『文学アルバム 小泉八雲』の刊行にあたって  關田かをる

《へるん雑話》

文化仲介者としてのハーン/ハーンのロセッティへの言及/おしゃべりサロン  松村恒

〈小泉八雲記念館〉再発見 逸品シリーズ(2)  小泉凡
図書案内(ハーン・ライブラリー)
事務局だより  白築和夫
編集後記

カット:小泉凡


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